Cacophonous Fusion

Category: thoughts

spread your generosity

You make a life out of what you have, not what you’re missing.

The Forgotten Garden“  by Kate Morton


上に書いたケイト・モートンの言葉、優しくて、厳しくて、大好きです。

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地元の本屋さんへ行った帰り、母と駐車場の茂みに咲いていた変わった実を見つけて、なんの実なんだろ〜と話していたら、小学生の女の子たちが集まってきました。その中のひとりが、「見て見て、この実、かわいいでしょう。かわいかったから、ママと妹に見せてあげたの」と、お友達に話していました。それを聞いた私の母は「そういうふうに感じられるなんて、素敵だね」と言いました。

空や花や植物を見て、美しいと思えること。そしてその美しさを、誰かとシェアしたいと思える優しさ。そんな気持ちを、いつまでも忘れないでいたいなあと、心から感じた瞬間でした。

人生は平等ではないけれど、命ある限り、生きていかなくてはいけないから。時には助け合って、学び合って。

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人は持っていないもので人生を埋めるのではなくて、そこにあるもので人生を紡いでいくのです。

懐かしくて新鮮なこと

夢から覚めて目を開けると、影がかかった白い天井に驚くことがある。一緒に暮らしはじめて6年は経つというのに、朝起きて言葉を交わす相手が旦那さんだけだということに、違和感のようなものを感じるときがある。

流れているはずのクラシックの音楽や、階段を下りて香るお味噌のにおいが、ない。

夕ごはんを食べながらふと顔を上げると、目に映るのが旦那さんの顔だけで、驚くことがある。静かすぎる夜が、ふと居心地悪く感じることがある。

ブワーッと道路を駆け抜ける単車の音や、窓辺に座って眺める土手の景色も、ない。

朝起きて椅子に座ると、母が作ってくれた朝ごはんがテーブルの上に出されたり、父と弟が裏のドアから出かけて行く姿を見送ったり、妹と夜遅くまで下らないことで笑ったり、「ちょっとそこまで」と近くのコンビニまでサンダルで歩いたり、畑の様子を見ている祖父に「行ってきます」と声をかけたり。

そういうこともない。

母が掃除機をかけたり食器を洗ったりする雑音、大きな声で言い争う妹と弟の声、テールライトやネオンの光、湿気あふれる空気、タバコの煙、たくさんのヒールの音、飲食店の裏の汚れた路地のにおい。

どれもこれも私が忘れていたもの。そして懐かしいはずなのに、なんだか新鮮に感じること。目新しいことは、お風呂から上がると旦那さんが母と海外ドラマを一緒に見ている姿や、父と一緒にビールを飲んでいる姿くらい。

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今、東京の実家にいます。

まじめ顔の父の親父ギャグを聞いて、母の作ってくれたごはんを食べて、妹の運転する車に乗って、大きくなった弟の姿を眺めながら、旦那さんと私が育った町を歩いています。

旦那さんは2週間滞在の予定なのでもうすぐカナダへ帰るけれど、私はしばらく、東京の実家でのんびりすることにします。

日本でもたくさん更新する予定なので、どうぞ遊びにきて下さい。

remembrance

9.11から10年。3.11から半年。

august, nineteen fourty-five

原爆投下から66年。

いつのことかは覚えていないけれど、大沢たかおさんと石原さとみさんが出ていたドキュメンタリーをみたときだったか、原爆を落とした飛行機に乗っていた元米兵の方の話を聞きました。そのとき、もちろん日本に対して謝罪の言葉を述べる人もいたけれど、ある方がこういっていたのを覚えています。「僕たちは日本がこれ以上戦争を続けないようにしてあげたんだ」

実行した人たちは原爆を落とすように指令された訳なので、別に原爆を落とした人だけが悪いと言っている訳ではないのだけれど、「俺は悪くない」という態度の中に、責任放棄というか、忘れてしまえば良いというか、どこか自分とは関係ない遠くの星で起きたことのように言われて、寂しかったです。原爆投下は「仕方がなかった」と言う人たちも多いけれど、それって、被爆者は「死ね、と思われても仕方ないことをした」ということなのかな。違うと思うけどな。


4年ほど前の「夕凪の街 桜の国」という、ハープの奏でる挿入曲が感じのいい映画を観ました。戦争が終わって、サヴァイヴァーズギルトを背負いながらも、やっと生きようと思っていた人々を蝕んでいった原爆症。「原爆は落ちたんじゃない、落とされたのよ」という主人公の皆実の言葉を聞いてはっとしました。

「嬉しい? 十年経ったけど 原爆を落とした人はわたしを見て『やった! またひとり殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」

麻生久美子の柔らかく、でも淡々とした口調で語られる上の台詞。これを聞いたとき、それは誰かに憎まれた、死んでしまえばいいと思われた、そういう現実を日本も体験したということに改めて気付かされました。何だか主人公が「自分が憎まれて殺されるのなら、そこには意味があるでしょう?」と言っているようで、「自分の死を無駄とは思いたくない」という、当たり前の人間的感情があふれていて、本当に切なかったです。

高校2年生のときに修学旅行で長崎に行き、原爆記念館を回ったあと、ある老人ホームで被爆者の方たちの話を聞く機会に恵まれました。彼らの言葉には悔しさや悲しさや苦しみが詰まっていて、感想なんてきかれても、言葉がでてきませんでした。だって体験していない私たちに、どんな慰めの言葉を口にるの?

でも体験していないとはいえ、原爆の恐ろしさを語れるのは日本だけ。若い世代の私たちがもっとそのことを理解して、きちんと語り継がなければいけないんだなと思います。でも誰かを恨むことを教えるのではなくて(この場合は「国」だけど)、この先どうするべきなのかを一緒に考えられる人でいたいと思うのです。

平気で「死ね」と言って笑う人が溢れる現代。日本は大災害や被爆をたくさん体験している国なのに、どうしてそういった言葉を軽く口にすることができるんだろう。
原爆のことも勿論だし、阪神のことも、この震災のことも、リビアでの戦争のことについても、本当にいろいろ考えます。「歴史は繰り返す」ではなく「歴史で学ぶ」ということを、世界はずっと昔に実行していなければならなかったのにね。

Rest in peace.

Welcome to the World

この木曜日、お義兄さんに新しい赤ちゃんが産まれたので、日曜日に赤ちゃんに会いに病院を訪ねました。7週間も早く出てきたせっかちな女の子は、チューブから栄養を送ってもらわないとならないので、今でも病院の Neonatal Intensive Care Unit(新生児用の集中治療室)にいます。でも7週間早かったというわりには体重が3kgもあり、自分の力でミルクを飲めるようになれば、お家へ帰ることができるそうです。


集中治療室にいるので、お父さんとお母さん以外で赤ちゃんに会えるのは随時ひとりだけ。なのでまずは旦那さんが赤ちゃんに会いに行きました。私の番が来て、病原菌を持ち込まないよう病室の入り口で手と腕を2分間きっちり洗ってからやっと会えた赤ちゃんは、プラスティックの箱のようなものに入って眠っていました。しっかりと髪の毛がはえていて、耳の形も人間のものそのもので(当たり前)、小さな鼻でくーっくーっと息をしているのが何ともいえず愛らしいのです。
お義兄さんがちいさな頭をさすると、赤ちゃんは眠ったままゆっくりと身体の向きを彼のほうに向けていました。目を閉じながらもパパの存在を感じているのかな。

数日前にはまだいなかったのに、今では私たちと同じ空気を吸っている赤ちゃん。私たちと同じようにごはんを食べて、眠って、いっぱい泣いて、少しずつ、でもあっという間に大きくなっていくんだね。こんなに小さいのに、十何年もすれば私よりもずっと大きくなって、私よりも上手な英語を話して、きっと「英語の下手っぴなおばさん」て呼ばれるんだろうな〜。お母さんでもないのに、すでに何だか切なくて少し泣いてしまいました。

いっぱいいっぱい、あなたに素敵なことが待ってるよ。Welcome, Ellee!